最後の言葉は、「時代は流れた。もう僕が泳ぐ場所はない」だった。アテネ五輪の銀メダリスト山本貴司選手が引退を表明。2008年4月21日の報道である。奥さんは、元五輪代表を務めたことがある千葉すずさん。既に子どもが2人いるのだ。確かに時代は流れている。山本選手はとても人望が厚い方のようだ。今後場所を変えてさらなる活躍を祈りたい。
記事内容↓ (斜体部。読売新聞より)
五輪切符を逃せば引退――。がけっぷちに立たされた百メートルバタフライの決勝直前のこと。山本は、北京行きを決めてプールから出てきた後輩の手を握り、「良かったなあ」と我が身のことのように喜んでいた。日本競泳界をリードしてきた山本とは、そういう男だ。
1996年から03年まで百メートルの日本記録を連続11回更新。04年に樹立した二百メートルの1分54秒56は、今も日本の頂点にある。アトランタから3大会連続で五輪に出場し、アテネでは二百メートル銀メダル。経歴はまぶしいほど輝いている。
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記事内容↓ (斜体部。読売新聞より)
五輪切符を逃せば引退――。がけっぷちに立たされた百メートルバタフライの決勝直前のこと。山本は、北京行きを決めてプールから出てきた後輩の手を握り、「良かったなあ」と我が身のことのように喜んでいた。日本競泳界をリードしてきた山本とは、そういう男だ。
1996年から03年まで百メートルの日本記録を連続11回更新。04年に樹立した二百メートルの1分54秒56は、今も日本の頂点にある。アトランタから3大会連続で五輪に出場し、アテネでは二百メートル銀メダル。経歴はまぶしいほど輝いている。
だが、その存在感をより際立たせるのは、アテネで競泳チームの主将を務め、気さくな人柄でまとめ上げた功績だ。上野広治・日本水連競泳委員長は「北京でも彼は日本に必要と思っていたから、残念。外れはしたが、北京代表にも経験を伝えてもらう場を設けたい」と言った。
19日の百メートル準決勝で、若手が約5年ぶりに山本の日本記録を破った。この日の決勝では、それを上回る日本新が出た。何の偶然か、二つの日本新は山本が泳いだ試合で生まれた。「時代は流れた。もう、僕が泳ぐ場所はない」。だが、涙や後悔はみじんもない。「やり尽くした」という充実感が、29歳の全身を満たしていた。
千葉すず - Wikipedia
千葉 すず(ちば すず 本名:山本すず、旧姓:千葉)、 1975年8月11日 - )は、神奈川県横浜市保土ケ谷区出身(実家は仙台)の元水泳選手である。夫は、アテネオリンピック200メートルバタフライ銀メダリストの山本貴司(近畿大学附属高等学校の先輩・ ...

